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1. インスリンの血中濃度が十分に上昇しない病態─インスリンの吸収障害
 インスリンの皮下注射を長期間同じ場所に続けていると、皮下組織が増生した硬結となり、その部位に注射したインスリンの大半は局所で分解され、血中に到達しなくなることがある。このような部位には、1日100単位以上のインスリンを注射しても、血糖値が下がらないことすらある(1)。一方インスリンを静脈注射すれば、血糖はこれによく反応にて低下する。大量のインスリンを使用しても効かないときには、まず注射部位の状況を確認したい。
 皮下組織でのインスリン吸収障害(subcutaneous insulin resistance)により皮下注射したインスリンが血中に到達せず、多量の皮下インスリン注射を必要とする症例が報告されている(2)。生検例では、皮下にインスリンの集積が認められる。腹膜内にインスリンを投与する埋め込み型ポンプにより、血糖の低下が認められたという報告がある(Riveline JP et al. Diabetes Metab 2005 : 31:496-498.[PubMed ID: 16357794])
 糖尿病性浮腫性硬化症は、血糖のコントロールが不良な症例に時に認められる皮膚病変で、組織学的には、真皮・皮下結合組織の膠原線維の増生と浮腫性膨化、膠原線維問の酸性ムコ多糖の沈着が見られる。病変は多くの場合、後頚部から肩甲部にはじまるが、体幹部まで広がりインスリンの吸収障害をきたした症例が報告されている(3)

2. 血中にインスリンは十分存在するが、
    遊離インスリン濃度が十分に上昇しない病態
    ─抗体によるインスリンの作用障害(immunological insulin resistance)

2-1 インスリン抗体
 インスリンの注射によってインスリン抗体が産生されることがある。時に非常に大きな結合容量を持つ抗体が出来ることがあり、その場合にはインスリンの大半が抗体と結合し受容体に結合できる遊離インスリンが殆どなくなり、大量のインスリンを注射しても血糖が下がらないことになる(4)。このようなインスリン作用障害を解除するためには抗インスリン抗体の抗体結合能を減らすことが必要で、1)インスリンの注射を止め経口糖尿病薬に切り替える(内因性インスリン分泌の保たれている例(4)、ただしインスリン中止後に症状が顕在化したという報告(Hirano et al. 5-関連報告)もある)、2)注射するインスリンの種類を変える(4-関連報告)、3)免疫抑制療法を行う、4)血漿交換療法と免疫抑制療法を併用する(5)などの治療が行われている。

2-2 インスリン受容体抗体(インスリン受容体異常症B型)
 自己免疫疾患(SLEなど)において、各種自己抗体とともにインスリン受容体に対する抗体が産生されることがある。インスリン受容体抗体にはインスリン様の作用を呈して低血糖をおこすものも、インスリンの作用を障害して黒色表皮腫(acanthosis nigricans)・女性におけるアンドロゲン過剰症状・著しいインスリン抵抗性を生じるもの(インスリン受容体異常症B型、英語では最近はtype B insulin resistanceと表記)もあり、同一症例において、著しいインスリン抵抗性、低血糖、抗体価の低下した寛解が交互にあらわれることも少なくない。インスリン抗体とインスリン受容体抗体の両方を認める症例も報告されている(6-関連報告)。著しいインスリン抵抗性による高血糖に対しては、IGF-1の有効例も報告されている(6)
 基礎疾患である自己免疫疾患の治療(ステロイド、免疫抑制剤、H.Pylori 感染者のITPに対するH.Pyloriの除菌療法など)が奏功すれば抗体価が低下することも期待される。それらの治療に反応しない場合の治療として、リツキシマブ使用により、抗体の産生を遮断することが有効であったとの報告がある(Coll AP et al. N Engl J Med 2004;350:310-311 [PubMed ID: 14724317])。さらに難治性の病態に対してはステロイド、免疫抑制剤、リツキシマブの併用療法(Malek R et al. J Clin Endocrinol Metab 2010;95:3641-3647. [PubMed ID: 20484479])が提案されている。

3. インスリンの作用に強く拮抗する後天的な状況
 さまざまな病態・状況がインスリン抵抗性を増強させることが知られており、時に血糖のコントロールに大量のインスリンが必要となる。インスリン抵抗性を増強させる複数の要因が絡み合った病態、およびそれに中心静脈栄養など大量の糖の経静脈的負荷が加わった時などに、大量のインスリンを必要とすることが多い。

表1 糖尿病の治療に大量のインスリンを必要としたという報告のある病態
肥満(7)
妊娠(8)
重症の炎症・多臓器不全(9)
ケトアシドーシス(10)
薬剤*
 糖質コルチコイド(11)
 インターフェロン製剤
 第2世代抗精神薬(過食による肥満を介する: オランザピン クエチアピンなど)
 β遮断薬
 免疫抑制薬
 プロテアーゼ阻害薬(リポディストロフィーを介する:リトナビル サキナビルなど)
*参照:重篤副作用疾患別対応マニュアル 高血糖(平成21年5月 厚生労働省)
   http://www.info.pmda.go.jp/juutoku/file/jfm0905007.pdf

内分泌疾患
 甲状腺中毒症
 甲状腺機能低下症
 先端肥大症(12)
 クッシング症候群
 原発性アルドステロン症
 褐色細胞腫
 グルカゴノーマ
 ソマトスタチノーマ
電解質異常
 低カリウム血症
 低カルシウム血症
 低マグネシウム血症
うっ血性心不全
肝硬変(13)
慢性腎不全
悪性腫瘍(14)

 糖尿病患者の救急において、血糖のコントロールのために、インスリンの遅滞なき漸増が必要な場合は多い。このような場合に、血糖値をみて次に使用するインスリン量を決定するスライディングスケールがよく用いられている。Nebraska Medical Centerの糖尿病・内分泌・代謝科では、さまざまな程度のインスリン抵抗性に対応した複数のスライディングスケール表(最もインスリン使用量の少ないアルゴリズムAから最も多いアルゴリズムIまでの9種類)があらかじめ用意しているという。まずアルゴリズムAによるスライディングスケールで2時間インスリンを投与し、目標とする範囲より血糖値が高い場合には次の2時間はアルゴリズムBを用い、それでも目標とする範囲より血糖値が高い場合には次の2時間はアルゴリズムCを用いるという要領で段階的にインスリンを漸増させていくとのことである(Larsen J et al. Approach to the hospitalized patient with severe insulin resistance. J Clin Endocrinol Metab 2011; 96: 2562-2662, 2011.[PubMed ID: 21896896] 註:論文の中にも述べられているように、彼らのアルゴリズムは、成人の糖尿病救急患者用であり、小児や糖尿病ケトアシドーシス、高血糖高浸透圧性昏睡の患者用ではない。)彼らの方式は、糖尿病患者の救急において、インスリン量の調整を定式化する試みとして注目される。

4. 高度なインスリン抵抗性を示す先天性の素因

4-1 インスリン受容体異常症
 インスリン受容体遺伝子の変異が原因でインスリン受容体の機能が障害されると、機能障害の程度に相応した、インスリン抵抗性が出現する。
徴候:インスリン受容体異常症は、妖精症(Donohue症候群)、Rabson-Mendenhall症候群(註:文献によって妖精症・Rabson-Mendenhall症候群の定義は若干異なる)、タイプAインスリン抵抗症(A型インスリン受容体異常症とも呼ばれる)などの表現型をとりうる。多毛、黒色表皮腫、アンドロゲン過剰症状(外陰部の肥大、多嚢胞性卵巣など)等の徴候、加えてインスリン受容体の機能障害が高度なものでは、子宮内発育遅延・低出生体重・成長遅延、骨格系の異常(特徴的な顔貌や歯牙の異常など)を認める。これらの徴候と、高インスリン血症(特に著しい高インスリン血症をともなう場合、時に空腹時低血糖が見られる)の存在は、本症を強く疑わせる。高度な肥満を伴うことがなく、血清の中性脂肪は正常値を(Semple RK et al. J Clin Invest 2009: 119; 315-322. [PubMed ID 19164855])、アディポネクチンは正常値〜高値をとるのが特徴とも報告されている(Semple RK et al. J Clin Endocrinol Metab 2006: 91; 3219-3223. [PubMed ID 16705075])。身体徴候を伴わず著しい高インスリン血症を伴う耐糖能障害や糖尿病を端緒に気づかれる場合もある。
 確定診断には、遺伝子診断が必要である。症例毎にさまざまな変異が報告されており、変異によりインスリン受容体の機能障害の程度は異なる。
 インスリン作用の不足をインスリン分泌が代償できない場合には、糖尿病を発症する。インスリン受容体の機能障害が高度な症例では、生後すぐから糖尿病を発症している場合も多く、機能障害が軽度な症例では、成人後に耐糖能障害に気づかれる場合も多い。糖尿病発症初期には、食前血糖は正常であるにもかかわらず食後血糖が高い事例が多い。糖尿病を発症した場合の治療に対する反応は、症例により(さらに同一症例においても時期により)さまざまである。一日に2000単位のインスリンを使用しても全く血糖が低下しない症例がある(Musso C et al. Medicine (Baltimore) 2004;83, 209-222.[Pubmed ID 15232309])一方で、耐糖能障害が軽微な場合は食事療法と運動療法が奏功した、2型糖尿病と同様の治療で血糖がコントロールされた等の報告もある(15-関連報告)
 インスリン受容体を介さない経路でインスリン様の作用を発現するIGF-1が、インスリン受容体に機能障害を認める本症において用いられることがある(Kuzuya H et al. Diabetes 1993; 42: 696-705. [PubMed ID 8482426])。通常の2型糖尿病に対する薬物療法との組み合わせで用いられることが多い(15)。海外ではIGF-1作用をゆるやかに持続させる目的でIGF-1/IGF-1結合蛋白3の複合体を用いる治療が試みられている(Regen et al. J Clin Endocrinol Metab 2010; 95, 2113-22. [PubMed ID 20233784])。IGF-1は細胞増殖作用を有するので、悪性腫瘍のある患者への投与が禁忌であり、また過剰投与による副作用に十分注意しなくてはならない。探索的な治療としては、インスリン、IGF-Iとも無効であった難治性例にヒト型メチオニルレプチンを併用した例も報告されている(Cochran E et al. J Clin Endocrinol Metab 2004: 89; 1548-1554. [PubMed ID 15070911])。また本症の患者が甲状腺癌を発症し、その治療の一貫として高用量レボチロキチンを使用している間、血糖コントロールが改善したという報告があり(Skarulis et al. J Clin Endocrinol Metab 2010: 95, 256-262. [PubMed ID 2805496])、高用量レボチロキチン使用による褐色脂肪細胞の増生と血糖コントロールの改善との関係に興味がもたれている。
 血糖コントロールに難渋したインスリン受容体異常症の長期観察例において、糖尿病腎症類似病変(Ellis et al. Diabetes Care 1991; 14:413-414. [PubMed ID: 1711953])、糖尿病網膜症類似病変(Kitamei et al. Graefes Arch Clin Opthalmol 2005; 243:715-717. [PubMed ID: 15672252])の出現が報告されている。これらの合併症が、この病態特有のものであるのか、治療による修飾であるのか、血糖コントロール不良がどの程度関係するのかは、今後くわしく検討されるべき課題となっている。

4-2 タイプAインスリン抵抗症類縁疾患
 タイプAインスリン抵抗症と同様のあるいは一部共通の症候(インスリン抵抗性、黒色表皮腫等)を示すが、インスリン受容体遺伝子には変異を認めない症例も報告されている。これらの症例はインスリン受容体以降のインスリン情報伝達機構に何らかの障害があると考えられる。LMNA (Young et al. Diabetes 2005; 54: 1873-1878 [Pubmed ID: 15919811])の変異例、 AS160/TBC1D4(Dash et al Proc Natl Acad Sci USA 2009; 109: 9350-9355 [Pubmed ID: 19470471])の変異例、PPARGとPPP1R3Aの2つの変異をあわせもつ例(Savage et al. Nature Genetics 2002; 31: 379-384 [Pubmed ID: 12118251])などが報告されている。
 Insulin-mediated pseudoacromegaly は高度なインスリン抵抗性と高インスリン血症に由来する先端巨大症様の徴候(成長ホルモンやIGF-1は正常あるいは低値)を呈する原因不明の疾患で、これまでに国内での1例(Fukunaga et al. J Clin Endocrinol Metab 1997; 82: 3515-3516 [Pubmed ID: 9329397])を含め、世界で9例の報告がある。糖尿病が必発ではないが糖尿病の治療に一日に200単位のインスリンを必要とした症例も報告されている。本症ではインスリンの代謝作用が選択的に障害されていることが特徴的である。インスリンの成長因子としての作用障害は無いか、あっても軽微であるのが特徴である。患者由来の皮膚繊維芽細胞において、インスリンによるチミジンの取り込みには正常対照と差が無いが、IRS-1と結合したPI 3-キナーゼ活性が低下していたと報告されている(Dib et al. J Clin Invest 1998; 101: 1111-1120 [Pubmed ID: 9486982])。本症は家系内に集積したという報告はなく、遺伝子変異による疾患であるかどうかは不明である。

4-3 遺伝子変異によるリポジストロフィー
 リポジストロフィーは、体の脂肪組織が選択的に減少し、高中性脂肪血症、糖尿病、脂肪肝(肝硬変にいたる)などをきたす症候群である。リポジストロフィーは後天的には、プロテアーゼ阻害薬の使用などで発症することが知られているが、遺伝子変異によるものが知られている。
 先天性全身性リポジストロフィー(Berardinelli-Seip症候群)は、生下時あるいはその直後からほとんどの脂肪組織を欠くのが特徴である。小児期以降に多毛、黒色表皮腫、思春期以降にアンドロゲン過剰症状と著しいインスリン抵抗性を伴う糖尿病を発症することが多い。糖尿病による合併症、急性膵炎、脂肪肝から肝硬変への移行などが生命予後を不良にする。現在4つの原因遺伝子(AGPAT2、BSCL2、CAV1、PTRF)が同定されており、変異遺伝子の種類により、若干病型が異なる。
 家族性部分型リポジストロフィーは、常染色体優性遺伝の形式をとる病型で、学童期以降に四肢の脂肪組織が減少し顔面頚部に代償性に脂肪が蓄積する。現在4つの原因遺伝子(LMNA、PPARG、AKT2、PLIN1)が同定されており、変異遺伝子の種類により、若干病型が異なる。耐糖能障害は先天性全身性リポジストロフィーよりは軽度なことが多いとされるが、冠状動脈疾患、心筋症、不整脈などが生命予後を不良にする。
 その他の遺伝子変異によるリポジストロフィーも代謝障害は先天性全身性リポジストロフィーよりは軽度なことが多いとされる。詳細は総説(Garg A. J Clin Endocrinol Metab 2011; 96: 3313-3325 [Pubmed ID: 21865368])を参照されたい。 リポジストロフィーによるインスリン抵抗性糖尿病に対しては、メトホルミン、ピオグリタゾンが用いられる(16)他、ヒトメチオニルレプチンを用いたレプチン補充療法の有効性が報告されており(Ebihara et al. J Clin Endocrinol Metab 2007; 92: 532-541 [Pubmed ID: 17118991])、現在京都大学にて医師主導治験が行われている。

4-4 その他
 ミトコンドリア遺伝子変異をともなう糖尿病の症例において血糖のコントロールに大量のインスリンを必要としたという報告がある(17)